#20 Kai
「新しい世界や環境にとても興味がある」
海さんは県大の19年度卒業生。社会人としてまた一歩"新しい世界"に踏み出した。
在学中、地域団体の設立やアメリカへの留学など活動は多岐に渡る。
県大で過ごした日々と海さんのこれからについて迫った。

20人目の県大生、Kai
島根県出雲市出身。
ダンスや旅行、スニーカー集めなど多趣味だ。
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#EDUCATION
・中学の時に習っていた英語の先生に魅力を感じ、「教員」という職業に興味を持ち始める。
・英語を学ぶことができ、なおかつ英語の教職も取れるので県大へ入学。
・江津でのジュニアキャンプのサポートや教職の授業を受け、多くの刺激を受ける。
→大学に入ってからさらに教育や英語に興味を持つように。
・就職先は教育関係の企業へ。
・教員という立場に比べ、より大きなところから教育に対して影響を与えることができると考えている。

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#TEAM
・LB(ローカルブランド)推進委員会を立ち上げる
→地産地消を推進することを目的として設立された学生団体
・1年の際に委員会立ち上げを提案し、2年の秋に実現。
・キヌヤとコラボし、イベントの開催を提案した結果、実際に「LB-1グランプリ」というイベントの開催を実現させた。
・リーダーとしての運営の大変さや、メンバーとの関わり方を学んだ。
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#AMERICA
・1年間休学し、8ヶ月間アメリカに語学留学した。
→語学学校では様々な国の友人ができ、たくさんの文化に触れた。
・幼い頃からの父親の影響でアメリカの雰囲気が大好物。
・アメリカの自由なストリートカルチャーを学ぶ。
→ダンスのイベントへも顔を出し、「ダンスってこんなに自由に踊っていいんだ。」と実感。アメリカに行ってからダンスへの意識が変わった。


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これから
・個性を生かしていける人になりたい。
「教育格差を逆手にとる」と語った海さん。
地方大学出身だからこそできる、教育に対してのアプローチにこれからも挑戦し続けていくのだろう。

(内容はインタビュー日2/9当時のものです)
writer: momoka fukuma
#19 Kota
・島根県立大学4回生、細川孝太(ほそかわこおた)。
・広島県出身。
・趣味は料理、YouTube。
・サークル:よさこい橙蘭。
・ラップ。

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大学で1番力を注いだ、よさこい燈蘭
・心を許せる燈蘭の仲間は居場所みたいなもの。
・旗頭の役割を担う。
→三年生の時長崎グリーンランドの大会でブロック優勝した。


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レオパード
・ファッションにもこだわりを持っている彼はビジュアル系バンドの影響から豹柄を身につけるように。
・型にはまることがきらいでストリートからきれい系まで色々な系統の服装を着こなす。

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スーパーポジティブ精神
・親の明るさから生まれた、どんなことも"いいこと"に変えることのできる彼の前向き思考は様々なピンチを好転させる。
・暗い顔ばかりしていては自分のモチベーションも下がるだけでなく周りからもいいイメージは持たれにくい。


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今後の展望
「見本になる人間になる」
日本人は何事にも同調することが多い。人に流されず、自分の芯を持ってはっきり物事を伝えられる人になりたい。
そう語ってくれた彼は、大学を卒業し春から社会人になる。これからも持ち前のポジティブ精神でどんな壁も乗り越えていくことだろう。


writer : Urashima
#18 Takatomo
18人目の県大生、Takatomo
#challenge
#encounter
#curiosity

今回、インタビューを受けてくださったのは、4回生の西村貴友(にしむらたかとも)さん。
セカイへに所属。周りからもお喋りだよねと言われるほどの話好き。取材中も、飾らずどんな質問にも陽気に応えてくださった。
ー始まりの旅
西村さんは、3年の春、「大学生のうちに何かできることをしたい。」という衝動に駆られ、いざ海外へ。
大学に入るまでは、海外が嫌いだった西村さん。大学に入ってからセカイヘの活動などを通し少しずつ海外へ興味を持ち始めた。
今の恵まれている自分の環境とは全く違うトコロに身を置いてみたいと考え選んだのが、フィリピン。約3か月半で3つの学校を巡った。
彼の旅のルールは、次の行き先は決めないこと。
せっかく外国に行くなら初めから何かに捉われず、その場での時間を大切にしたかった。
―挫折経験
フィリピンの後、香港・ベトナム・シンガポール・マレーシアなどにも訪れた。現地ならではの食べ物、文化、風景、様々なものに触れるなかで、その感動を誰にも共有できないことに、虚しさと寂しさが募っていった。
そして、一時、日本へ帰国。
帰ってきてからは、背中を押してくれた先生や周りの友達のことが浮かぶ度に自責の念に駆られたという。申し訳なさから、皆に会えなかった。
そんな日々が続くある日の夜に、このままじゃまずい!と急に思い立つ。
布団の中でタイ行きの航空券を取り、否が応でも再び海外へ行く状況を自分に課した。

(手前が西村さん)
- リベンジの旅
タイから始まった二度目の旅では、カンボジア、ラオス、カナダ、メキシコへ。西村さんにとってリベンジの旅だ。
---What’s up?
--- Where are you from?
まずは、そんなよく使われるフレーズから現地で出逢う人との会話をとにかく楽しんだ。
西村さんいわく大事なのは、外国人のノリに合わせること。
コミュニケーションにおいては、ある程度昔から自信があったという。だからこそ、海外という言語の壁もあるところへ飛び込んでみることは、彼にとっての挑戦だった。
-旅を終えてみて
旅をして学んだことの1つが、結局どんなこともどうにかなるんだということ。
考え方の切り替えが大切。
彼は旅の中で、そんなこと本当にあるんだと思うようなピンチに何度も遭遇。
1番印象的だったのは、メキシコで、怪我をして現地で手術をしたこと。どんな治療をされるのか、治療費がどのくらいになるのか不安でしかなかった。
しかし、そんな時でも、10年後には絶対笑い話になるとなるべくポジティブに考えた。
どんなことも“いい意味で笑いに変えられる”
大学の課題や就活、何か物事を始めるときには「恐怖心」は付き物。だけど、その状況さえも楽しんでやる!ってくらいの心持ちでいること。
「ピンチを楽しむ」
それこそ彼の挑戦心の源なのかもしれない。
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西村さんは、この春から金融機関でのお仕事に勤める。営業職という仕事にも興味があり自信もあったが、就職活動を進めていく中で、また1つ新たな挑戦として金融業界への就職を決意したという。
彼の挑戦は、まだまだこれからのようだ。

編集: Ishimoto, Arakaki
#17 Noburu
「Awesomeに大学生活を捧げた」
そう語ってくれたのは、長野県出身、4回生の由井辰さん。

2年生の秋、のぶさんはAwesomeを立ち上げた。
1年生の頃、よくスノボに行っていた。しかし、一人で行くのはさみしく、大勢で行きたかった。
サークルにしたら楽しそう! ここからのぶさんの、Awesome物語が始まる。

今まで、スノボサークルは存在していた。継続性の無さから、なかなかサークルを作ることができなかった。
異文化理解研修でハワイに行き、自分の好きなことを好きなようにしている現地の人の姿を見て、囲われた枠にとらわれるのではなく、自分の好きなことをしたい!と思った。
そこで、ヘネベリー先生に誘われたことにもより、夏はサーフィン・ライフセーバー、冬はスノーボードをするサークル作るにあたった。
どうしても作りたかった。懇願書までも作り、Awesomeを立ち上げた。
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夏 サーフィン・ライフセーバー
サーフィンをしている地域の人や、ライフセーバーの人と繋がった。そこで、サーフボードを貸して頂いたりしていた。その恩返しとして、ライフセーバーのお手伝いをしたり、サーフィンスクールの監視を行ったりしている。
ちなみに、のぶさんは益田であったサーフィンの大会ビギナークラスで3位という結果を残した。


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冬 スノーボード
部員は多いが、道具が足りない!という問題が起きていた。プロの人に相談したところ、社会人団体の方が、若い人が地域の活動に参加することが嬉しいと言って、セットを譲ってくれた。されてばかりではダメだ!
寄付して頂いた道具をフリマで売り、そのお金でGoProをプレゼント!
持ちつ持たれつの関係である。

Awesomeの活動の影には常に、地域の人の協力があった。
「地域の人との繋がりは超大事!これは後輩にも伝わっているはず!」のぶさんは強く語っていた。
最後に何がのぶさんをつき動かしているのか聞いてみた。
せっかく浜田にいる。遊ぶ所は無いってみんな言っているけど、自分で探し、楽しいは見つけないといけない。楽しいを共有する場を作り出したい!
そして、サークル一色の大学生活を送った。

ここまで地域と密着したサークルはあるだろうか。
自分の好きと地域を結び付けたのぶさん。一番大切なことは、、、楽しむこと!
怪我が付き物であるこのサークル。怖いけど出来たら楽しい!楽しむことがメインであると語った。
だからこそ、のぶさんはこのサークルをこう名付けたのだろう。
「Awesome」=マジで最高!

writer: Isono
#16 Ryunosuke
16人目の県大生 Ryunosuke

「コミュニティ」
この言葉に対して、人一倍思い入れが強いりゅうのすけさん。
彼はなぜ、それほどまでにコミュニティにこだわりをもつのかー。
そう思うようになった経緯を紐解いていこう。
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今回、インタビューを受けてくれたのは、4回生の樋野竜乃介(ひの りゅうのすけ)さん。(21)
(3/5に22回目の誕生日を迎える。おめでたい。)
出雲市十六島(うっぷるい)町の出身で、樋野家は海苔業を営んでいる。
彼は、硬式野球部、BBS、海の家Re:rieと多岐に渡って精力的に活動してきた。
ー
親と野球
小学2年生の頃から野球を始めたというりゅうのすけさん。
もともと運動神経なんてなかったと語る彼は、父親の熱心な指導のもと、走り込みなどのトレーニングを積んで、野球漬けの毎日を送っていたという。
しかし、高校まで続けた野球に将来が無いと限界を感じ始めたりゅうのすけさん。
大学入学当初は硬式野球部にも入らず、勉強とBBSの活動に力を注いでいた。
淡々と流れる日々がつまらないと感じ始めた彼は、他大学に進学した高校の野球部の同期が、変わらず野球に打ち込んでいることを知り、このままでいいのかと思い始める。
それと同時に、野球に熱心だった父親のことが思い浮かんだ。
「野球で何も返せなかった父親に、何か少しでもいいから返したい。」
そう思った彼は、大学2年生を目前に控え、硬式野球部に入部することを決める。



入部した直後から、上級生がいる中でもキャプテンを任され、たくさんの葛藤はありながらも、チームのエースとして卒業まで野球を続けたりゅうのすけさん。
試合の度に応援に駆け付けてくれたお父さんも、ここまで野球を続けてくれたことに、きっと喜んでいるはず。

ー
家族とコミュニティ
りゅうのすけさんは周りのことをよく見ている。
大勢でいる中で少しでも楽しめていなさそうな人がいるのもすぐに分かる。
そう感じ取れるようになったのには、兄弟の存在があった。
りゅうのすけさんは、5人兄弟の2番目。
幼いころは、学校に行くのが嫌でずっと泣いていたという。
それでも周りに助けられ、泣かずに学校へ通えるようになり、だんだん学校に馴染めるように。
しかし、弟や妹はあまり学校に馴染めなかった。
どうしたらみんなの居心地がいいコミュニティをつくれるのだろうか。
それは、兄弟の話だけに留まらない。
仲が良いのに地方衰退の中で廃校になってしまった母校(中学校)のコミュニティ


先生も一緒にUSJに行くほど仲良し久保田ゼミ4回生

海の家Re:rieを通してできた津田町の方とのコミュニティ


自らが運営となって開催した、都市学生×県大生のコミュニティ

他にも挙げればキリがないほど、たくさんのコミュニティをもつりゅうのすけさん。
「それぞれの縁を切らせたくない」
と、コミュニティの継続性を考えている。
ー
十六島
りゅうのすけさんが生まれ育った十六島という地。
「十六島海苔」が名産で、彼のおじいさんはその漁師である。

テレビや新聞などのメディアに取り上げられるほど。
そんな海苔業も、後継者不足などで衰退の一途を辿っている。
最近、りゅうのすけさんはどうすればこの産業を残していけるのかを考え始めている。

大好きで自慢できる家族と地元。

ー
「世の中、なんでもコミュニティ」
そう語るりゅうのすけさんは、きっとみんなの居心地のいいコミュニティを創り出してくれるに違いない。
writer : Anko
#15 Junji
15人目の県大生 Junji

「僕はこう思っている。」
ある時まで、この一言が言い出せずにいたというじゅんじさん。
しかし、思っていることは言葉にしないと伝わらないことに気づく。
彼にそのことを気づかせてくれるようになったきっかけは、一体何であったのだろうか―。

今回、インタビューを受けてくれたのは、4回生の秋庭淳二(あきばじゅんじ)さん。(22)
大学では、軟式野球部とAWESOME に所属していた。
帽子が好きだと語る彼は、そう公言している通り、いつ何時見かけても、帽子を被っていることが多い。
ー
久保田ゼミ
じゅんじさんの所属する、4回生久保田ゼミは、とても仲が良いことを知っている人も少なくはないだろう。
ゼミ課題があってもなくても、集まることはしばしばで、よくカフェテリアの一角にたむろしていたとのこと。
人間性がいいくらいにあっているゼミメンバーは最高で、とても居心地のいい空間をつくれていると語る彼は、穏やかな表情をしていた。




ー
自分を出していく
もともとは、周りの顔色を窺って周りに合わせるように生きていたというじゅんじさん。
そんなじゅんじさんが変わるきっかけとなったのは、地元の友人のある一言だったという。
「思っていることがあるのに言わないのはどうしてだ?
俺らのこと信用しているなら、自分の考えを言ってみろ。
言わないことは俺らを信用していないってこととして捉えられるんだからな。」
と。
じゅんじさんはその友人を信用していなかったわけではない。
親しい友人にでも、自分が考えていることを話すことができなかったのは、周りのことを考えすぎるが故だった。
自分の考えを伝えることで、相手に拒否されると勝手に思い込んでいる自分からの脱却。
じゅんじさんの人生のテーマは、
「自分を出していく」
ー
アクション
大学生活で主体的に動いたことがなかったというじゅんじさんは、大学卒業を前にあるアクションを起こし始める。
それは、学生ひとりひとりのやりたいことを見つけられるきっかけになるようなイベントの開催だ。
しかもこのイベント、県大生のみがターゲットではなく、普段関わりのない都市部の学生も浜田に招いてのイベントである。
じゅんじさんは、その運営側として仲間とともに、イベント開催までの約3ヶ月半、運営のお金の管理やコンテンツを練りに練りまくり、まさに主体的に動いていた。
イベントは、反省する点ももちろんあったが、無事に成功。
大学生活の集大成といっても過言ではない。
このイベントを通して、自分をより知ることが出来た上に、参加してくれたみんなの嬉しい声を聞けたことがなによりも喜ばしい、と。



大学を卒業し、これから社会に出るじゅんじさん。
「自分を出していくこと」を大切に、毎日を過ごしていくことだろう。
writer:Anko
#14 Yoshiha
14人目の県大生Yoshiha。
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・島根県立大学2回生、杉佳華(すぎよしは)。
・愛媛県出身。
・趣味はギターと絵を描くこと。
・現在、セカイへの部長として活動中。
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フェアトレードと関わるようになったきっかけ
・高校の時所属していた、海外研究部でフェアトレードについて知り、興味を持つ。
・海外研究部の一環として市内のスーパーに販売促進を行う。
→フェアトレードをもっと多くの人に知ってもらいたい。

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セカイヘの部長
・留学生とともにキャンプやカードゲームなど、国際交流に力を入れているこのサークルの部長を務める。
・イベントを通して、他大学の国際系サークルや留学生、浜田市の高校生までも巻き込んで交流を生み出している。
・実はセカイヘのロゴマークはよしはちゃん自らが手掛け、作られた。

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今後の展望
地元、今治市を"フェアトレードタウン"に!
イギリスで誕生し今では世界30カ国に広がり2000以上にもなるフェアトレードタウンは日本にも4つ存在する。いつか出身である愛媛県の今治市を仲間入りさせたい。
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一年生の時は参加する側だったよしはちゃん。今では自分が中心となってイベントの企画に取り組む。たとえ準備が大変だとしてもイベントが成功した後の達成感と楽しさには敵わないと語ってくれた。そんなよしはちゃんは、見えないところで人と人とを繋ぎ、支える、縁の下の力持ち的存在であり続けるだろう。
編集: Fuki
写真: Tokutake